震災と為替の関係とその理由について

地震、津波、原発問題の三重苦のところに、今後は金融市場の不安定化が心配されるが、その最初の兆候として、2011年3月17日には過去最高を更新する円高が投機家によりもたらされた。一時1ドル76円台まで買い上げられた円相場は、その後異例のG7中央銀行の介入により、81円台まで戻したが、今後も相場の乱高下は起こりえる。
世界の為替市場は1日の取引量4兆ドル。内「ドル・円」だけで5700億ドルの市場規模だが、相場は現実に輸出入など「実需」ではなく、投機家による大規模な投機により変動する。

大震災後に円高になる理由

今回円が急騰した理由は、(1)日本の保険会社が海外資産を売却し、円に替えて保険金支払いに充当するであろうというシナリオに沿って、「投機家が円を買い上げたこと」によって生じたとされている。ちなみに、日本の保険会社はこのような流言蜚語(ひご)を否定しているし、実際に保険会社による海外資産の一斉売却などなされなかったと筆者は理解している。
このほかの円高要因としては、(2)日本企業が海外投資を控え、国内問題の処理、国内事業の再建に没頭する、(3)日本政府が財政赤字であり、新規のアメリカ国債への投資を控える、または保有アメリカ国債を売却し、国の再建に充当する(この場合、アメリカ国債価格は急落する可能性がある)、(4)日本の金融機関に対する国内資金需要の増加により、海外での運用が縮小する、などが考えられる。
この内、円高に賭ける投機家がもっとも望んでいるのは(3)が起こることだろう。日本は現在アメリカ連邦準備制度、中国に次いで3番目に大きなアメリカ国債保有者であり、8000億ドルを超える残高を維持している。この大投資家が、アメリカ国債を売却し、円に替えて日本に持ってゆくということが実際に起これば、そのインパクトは極めて大きく、投機家にとっては千載一遇の収益機会となる。

今後、円安に振れる場合の要因

一方、円安要因としては、(1)東北地方の零細金融機関を中心とする日本の金融セクターの資産内容の悪化、(2)国家再建のための支出に充当するための財政支出の増加による、国や地方の財政赤字の一層の深刻化と債務の増加、(3)日本の生産施設の崩壊による輸出の低迷と、その裏腹の関係にある輸入の増加による貿易収支の悪化、などを材料とした、海外投資家の日本退避、空売りの増加などが考えられる。
これらのうち筆者がもっとも懸念するのは(2)、すなわち国家の財政問題である。ただでさえ、日本国債は11年1月に格付け低下を余儀なくされており、一層の格付け低下、長期金利の上昇、海外投資家の空売りなどが懸念される。民間企業の破綻で懸念されるのは東京電力である。東電債のクレジット・デリバティブ市場における保証料は急騰しており、「企業版保険金殺人」がもくろまれていると考える。
東北地方の災害復興資金で本年度組む予算が仮に10兆円とすると、日本政府の年間予算(90兆円)は100兆円を超える。年間の税収は約40兆円であるが、さらに低下するかもしれない。不要な予算を仕分けできた額は09年で7000億円であり、現行予算案から10兆円搾りだすことは不可能だ。子供手当て、高速道路無料化等、民主党のいわゆるバラマキ予算を全部削っても5兆~6兆円にしかならない。日本の個人も企業も、貯金するよりは貯金の取り崩しが一層進むであろう。借金に頼った経済運営のしわ寄せが一挙に噴出することになりかねない。
いわゆる「復興需要」に期待する向きもないではないが、一方で節約するものを復興に充てるのであれば、支出の総額は変わらない。しかし、短期的には生産設備やインフラの崩壊による経済活動の縮小懸念が大きく、また中期的には復興需要による景気回復への期待が広がり、こうした状況の変化と、その都度の「雰囲気」により、投機家があるときは円を買い上げ、あるときは売りまくるという極端な行動に出る可能性は十分にある。

 

円相場を左右する海外の要因

円相場は何も日本の要因だけで動くわけではなく、他の通貨に影響を与える海外要因にも左右される。海外要因の主なものには、(1)ギリシャ、アイルランド、ポルトガル、スペインなどのヨーロッパ弱小国の信用力の一層の低下、(2)イギリスなどヨーロッパ諸国の財政引き締めと金利引き上げ、(3)上記によるヨーロッパの強国と弱小国との間の格差の拡大、(4)リビア攻撃に見られる戦争の拡大、(5)チュニジア、アルジェリア、エジプト、バーレーン、オマーン、イエメン、サウジアラビアなど北アフリカから中近東にかけての一層の政情不安(かならずしも民主化運動がこれらの国に西欧型の民主主義をもたらすとは限らない)、(6)一層遠のく中東和平と深刻化するイスラエル・イラン間の対立、(7)アメリカの財政赤字問題(5月に国債発行が法定上限に達し、デフォルト回避には引き上げが緊急課題)、未解決の住宅関連不良債権、地方政府の財政破綻問題、など数多ある。

脆弱な経済が生む為替の混乱

ここに述べてきたように、世界経済を全体像として捉えれば、アメリカ、日本、ヨーロッパに見られる「慢性病」である財政ならびに信用問題、拡大する戦争、日本の地震、津波、原発問題という「急性病」、の双方が発病している状況だ。
これに対する処方箋として、日本銀行、アメリカ連邦準備制度は金融緩和によって異例の水準の過剰流動性を提供している。しかしそれにも限度はあるし、投機家に一層の投機資金を与える結果になってしまうという副作用も大きい。
そして日米政府はリーマン・ショック以降、財政の健全化を目指さず、過去に例のない大規模な過剰流動性の提供で、景気の悪化をしのいできた。ヨーロッパも信用問題を流動性問題として処理してきた。債券、株式市場、商品相場、ことごとく実力以上に引き上げられているのを、悪いことには目を閉じる楽観主義の投資家、および極めて短期的な収益機会を狙う投機家がはやしているというのが現状だ。一時は激減したヘッジファンドの資金規模は、ほぼリーマン・ショック以前の水準に戻っている。為替相場も、こうした脆弱(ぜいじゃく)な経済基盤の上で踊っている。

円安にこそ危機の芽が

筆者は「円高は本来嘆くべきことではない」と言ってきた。10年に円が80円台で推移すると「円高は日本経済に重大な悪影響を与える」と言われたが、実際には企業業績は全般的に改善し、株価も上げ基調であった。財務内容に余裕がある企業は、円高の恩恵を享受し、積極的に海外企業の買収を進め、海外で稼ぐ体制を整備することに努めた。問題は「円がたたき売られるとき」の方にある。原油などのエネルギーや食料といった輸入品の値上がりによるインフレ(景気がよく、賃金が上がり、消費が過熱するというような「本来のインフレ」ではない)が起こり、かつ長期金利の急騰、債券価格の暴落が起きることの方が、よっぽど大きな心配なのである。